CPウイルスT.O.T.

 よく晴れた休日のこと。

□□□

「新作アイスクリーム!」
「いえーい!」
 ニコと一緒にそう言って、あたしは携帯の内カメラのシャッターを切った。
 左手には新発売のフレーバーが二つのった、アイスのコーンを持っている。
「けどさ、ユリカちゃん。外で食べ歩きしてて怒られないかな?」
 写真を保存していると、ニコが不安げに呟く。
 ニコも違う味のアイスを買っていた。イチゴとメロンだ。
 そんなニコに、あたしは微笑み、
「大丈夫! この辺りは監視システムの死角だから」
「そっかー! さすがゆりにゃーん!」
 二人で笑って、アイスクリームを食べる。
 うん、冷たくておいしい!
 と、そのとき――、すぐそばの角から、人影が現れた。
 その姿を見て、あたしたちはハッと顔を見合わせる。
(ポリツィアだ!)
 どうしよう、見つかったら、うるさく警告されてしまう!
「あら――」
 しかし隠れる間もなく、ポリツィアはあたしたちの姿に気がついた。
(まずい!)
 警笛の音を覚悟し、目をつむる。
 しかし――聞こえた音は、全く別のものだった。

「ごきげんよう、今日は良い天気ですね」

「……は」「えっ」
 聞き慣れない穏やかな声色に、思わず耳を疑った。
 けれどここには、あたしたち三人以外に人の姿はない。
 え、まさか――今の、ポリツィア?
 隣のニコを見ると、あたしと同じように、ぽかんとしてポリツィアを見つめている。
 あたしも再びポリツィアに視線を戻すと、彼女はあたしたちに向かって微笑んだ。
 …………微笑んだ?
「アイスクリームですか。うふふ、美味しそうで良いですね」
 いつもの無表情と厳しさはどこへやら、ポリツィアは聖母のような微笑みを浮かべ、貴婦人のようなことを言っている。
 バックに花すら見える。
「落とさないよう、お気をつけて。では、失礼します」
 ポリツィアは上品に礼をし、あたしたちの隣を過ぎていった。
 そこで我に返り、ニコと再び顔を見合わせる。
「……優しいバージョンのポリツィアが開発されたのかな?」
「逆に怖いよね……」
 アイスを食べながら、ポリツィアの後ろ姿を見送った。

□□□

「ハヤト」
「おお、テトラか!」
 庭で機械をいじっていると、スリックスターに乗ったテトラに話しかけられた。
「珍しいな」
「ちょっと買い出し。何やってるの」
「パソコンを組み立ててるんだ」
 テトラは「へえ」と言って、興味深そうに部品を見つめる。
 その傍に電池やネジが入っていた要らない袋があったから、俺はそれを除けて言った。
「ルーマー、これ片付けておいてくれ」
 ……しかし、返事がない。
 振り返ると、ルーマーは宙を見つめ、地面に座り込んでいた。
「……ルーマー?」
 もう一度声をかける。
 しかし返ってきたのは、思いがけない言葉だった。

「メンドクサイ」

「え」
「ナニモシタクナイ」
 そう言って、ルーマーはそっぽを向き、横になる。
 気だるさモードが全開だ。
「おかしいなあ、いつもは掃除が大好きなはずなのに……」
「働イタラ負ケダト思ッテイル」
「なんか変なことを言っているし。どっか壊れたのかなぁ……」
「大丈夫。それ、普通よ」
「いやテトラはそうかもしれないけど、ルーマーの場合は普通じゃないんだよ~!」
 答えながら、俺はルーマーの体を調べることにした。

□□□

「きゃあ!」
 強い突風に、目をつむる。
 それは自然のものではなく、作り出されたものだ。
 もう! ポリィのベールが汚れたらどうするの~?
「ごめんなポリマちゃん!あと一周だからー!」
「おいカルノ、よそ見してる場合か?」
「あっ、待てコラっ!」
 すごいスピードでホバーボードを走らせるカルノくんに、これまたすごいスピードでルーカスくんがジェットで飛んで追い越している。
 なんでも二人は、『制限ギリギリの速度でビルの回りを先に10周した方が勝ち』というゲームをやってるんだって。
 まあ、規則違反にはならないだろうけど……何でそんなことしてるんだろ。ポリィ、よくわかんな~い。
 そう思っている内に、また一周してこっちに戻ってきた。
 二人の距離はほとんどない。
 どっちを応援するわけでもなく、ただ勝負の行く末を見守る。
「何をしているのですか」
 とそこへ、ロクロクちゃんがやって来た。
「競争だってぇ、よくわかんないよねぇ~……?」
 答えながら、ロクロクちゃんを見て……その姿に首をかしげる。
「よっしゃ、俺の勝ちだな!」
「いや、オレの方が速かったぞ!」
「いやいや、俺が速かった!!」
 その間に勝負は終わっていたらしい。
 しかし二人は結果について揉めていた。
「あ、そうだ、ポリマちゃん見てたよな!」
「どっちが速かった?!」
「ふぇ? ごめ~ん、最後まで見てなかった!」
 カルノくんとルーカスくんは「えーっ!」と抗議の声をあげる。
「あっ、けどけど、ロクロクちゃんが見てたかも! ねっ?」
 そう言って、隣のロクロクちゃんの方を向いた。
 カルノくんとルーカスくんも気がついて……そして同時に首をかしげた。
「ロクロク、何でギター持ってるんだ?」
「新手の警告方法か?」
 そう、ロクロクちゃんは何故だか格好いい赤いエレキギターを持っていた。
「まあいいや、どっちが速かったか教えてくれよ!」
「それはできません」
「なんでさ」
 カルノくんが頼んだけど、ロクロクちゃんは首を振った。

「一番などないのです。皆がオンリーワンなのです」

 そこでギュイーン、ギターを鳴らす。
 よくわかんないし、なんだか、どこか遠くを見つめている。
 ルーカスくんは舌打ちをして(相変わらず態度が悪い)、
「おい、いつもの分析はどうしたんだよ」
「本機は夢に生きることにしました」
「どういうこと……」
 ルーカスくんは言いかけて、そこでハッとした。
「なるほど……ロクロック――」
「おいオレの故郷より寒いこと言わないでくれ」
「ロクロクちゃん、調子が悪いのかなぁ~?」
「いいえ、異常ありません。皆様も一等星を目指しましょう」
 そんないつもと違うロクロクちゃんに、三人で首をひねっていた。

□□□

「ほら、できたぞ」
 コトン、出来立てのオムライスが乗った皿を置く。
「ありがとう、ヴィオ。一昨日ぶりの食事だよ」
 ロイドは「いただきます」と手を合わせた。
「オマエは……ちゃんと食えよ、死ぬぞそろそろ」
「おいひい」
 聞く耳持たずで、オムライスを口に運ぶロイド。
 まあ、幸せそうだし、悪い気はしねェ。
 昼時も過ぎ、レストランには客が少ないので、オレもテーブルを挟んでロイドの正面に座った。
「……あれ、一昨日……三日ぶりだったかな……」
「……そんなになるまで、今回は何作ってた」
「小型テレビ」
 ロイドは口をモグモグさせながら、鞄から手のひらほどの小さな機械を取り出した。
「防水機能付き」
「風呂でも見れるってか」
「それにタッチパネル。ネットにも繋がる」
 ロイドは黒い画面を操作し、ニュースの番組に切り替える。
 ほォ、なかなか便利じゃないか。
 しかしすぐに、画面に白いモザイクが現れた。
「……なんだ、故障か?」
「いや。入られただけかな」
 入られた?
 よく見ると、それは白い球体の姿だ。
「サギッタ。ちょっとどいて」
 画面にどアップで現れたザキッタを、ロイドはどうにかして避けようとする。
 しかしサギッタは退かない。
 そして白い画面のまま、スピーカーから声が流れた。

「ひとのおのれをしらざるをうれえず、ひとをしらざるをうれうるなり」

「は?」
 突然の小難しい言葉に唖然とする。
 ロイドはスプーンを空の皿に置き、
「論語……だっけ? どうしたの突然」
 すると、サギッタは画面のサイズぴったりに縮まり、オレたちにもその姿がよく見えるようになった。
 格好も何故だかいつもと違い、ぐるぐるした厚いメガネ……俗に言う“瓶底メガネ”をかけている。
 さっきのも、サギッタが言ったのか? おい、いつもの気さくな感じはどうしたんだよ。
 サギッタは、メガネを「くいっ」とする動作をし、
「あやまちてあらためざる。これをあやまちという」
「いや、だからなんなんだよ」
 オレが聞いても、サギッタは返答せず、ただ言葉を並べる。
「そのみただしければ、れいせずしておこなわれ、そのみただしからざれば、れいすといえどもしたがわず」
「ああ……良い子守唄だ……」
 淡々とした言葉の羅列に、満腹になったロイドは眠そうだ。
 オレはどうすればいいのか、対応に困っていると、
「やっほー! ちょっと良いかな?」
 店のドアから、一人の人が入ってきた。
「アークか。パフェでも食べに来たのか?」
「ううん、今日はお仕事」
「仕事?」
 尋ねたとき、アークはテーブルの上の、ロイドの作った小型テレビに目をやった。
「あ、電子機器はっけーん! えいっ」
 そして突然、テレビにUSBメモリを差した。
 するとザキッタが映っていた画面が、ピリリと一瞬歪み、
「……はっ! ボク、いままでなにを……」
 サギッタがおろおろしながら、こちらを見ていた。
 お、いつものサギッタだ。
「はい、お仕事おわりー」
「アーク、何をしたんだ?」
「ん? えっとねー、うーん、説明がむつかしいなぁ……」
 アークは首をひねる。
「そうだ、代わりにカイレに説明してもらおー。ヴィオ、ボクについて来て! サギッタもおいでよ」
 アークはニコッと笑って、「こっちこっち」と手招きする。
 気になるので、小型テレビを持って、サギッタと一緒に着いていくことにした。
「これ、借りてくぞ」
 ロイドはいつの間にかすっかり寝てしまったので、置いていく。

□□□

「なんかねー、変な電子ウイルスが出回ってたみたい」
 ルトロが、回る椅子をくるくるさせながら言った。
 ここは裏町の一角。
 建物の陰になった空き地で、古い机に置かれたパソコンが何台か光っている。
「今は私たちで、ハヤトにつくってもらったワクチンを配布しています」
「うん、じきにおさまるはず!」
 カイレの隣で、ハヤトはあたしたちに微笑んだ。
「へぇ、ウイルスだったんだ」
「じゃあポリツィアも、いつものポリツィアに戻るね!」
 ニコと顔を見合わせ、そう安心していると、後ろで誰かの声がした。
「東側は全部配り終わった」
「西側も終わったよー! サギッタとヴィオ連れてきたー」
 メビウス、それにアークとヴィオがこちらへやって来た。
「あと、来る途中、元凶も見つけたよ」
 アークはそう言って、机の上に小さなテレビを置いた。
 その画面には、サギッタと、
「ディミヌ!」
 隣のニコが叫ぶ。
「どうもー、ニコさま、ユリカさま!」
 ディミヌはえへへーと笑う。
 ……けど、サギッタによって紐に縛られ捕まえられている。
「へんなことしてたからつかまえたの。でぃみぬちゃん、いたずらしたらだめだよー?」
 サギッタがむっとして言うと、ディミヌは「ごめんなさぁ~い」と縮こまる。
 けど、笑顔だ。全然反省してない。
「ってことは、ウイルスを流したのはディミヌ?」
「なるほど、コンピューターウイルスが蔓延してたのか」
 あたしがそう尋ねると、隣のヴィオが納得したように言う。
 ディミヌは「あのですねー」と言って、
「ターンオーバータワーというダンジョンをご存知ですか? 性格や能力が反転するっていう……」
 そしてディミヌは目をキラキラさせ、
「その成分をこう、混ぜ混ぜしたウイルスちゃんを、街の通信機関にぽいってしたら、どうなるかなーって……」
「それで、サギッタの性格がおかしくなったと」
「ザキッタだけじゃない。表町のAIはほとんど影響を受けていた」
 ヴィオの言葉に、メビウスが付け加える。
 それを聞いたディミヌは嬉しそうだ。
「えへへー、大成功」
「えへへー、じゃないわ、ディミヌ。怪我人などが出なかったからよかったものの……今後もこのようなことを続けるなら、今すぐ貴女のワクチンを作ってもらって、町中に配るわ」
「えーっ! やだぁ、自由に町が見れなくなるじゃないですか!」
 カイレの警告に、ディミヌは困惑したように言って、顔の前でぱちんと、両手を合わせるように触手を合わせた。
「わかりましたわかりました、このウイルス“は”もう拡散させたりしないです! ね、だからね、許してくださいね!」
 あっ!、とサギッタが叫ぶ前に、ディミヌは画面から姿を消した。
「あーあ……」
「まあ、忠告にはなったんじゃないか?」
 残念そうにほどけた紐を見つめるサギッタに、ハヤトが苦笑いする。
「うんうん。町も元に戻ったみたいだし、一件落着だよ~」
 ルトロはまた椅子をくるくるさせながら、笑ってそう言った。

□□□

「新作フラペチーノ!」
「いえーい!」
 ニコと一緒にそう言って、あたしは携帯の内カメラのシャッターを切った。
 左手には、新発売のマンゴー味のドリンクを持っている。
「けどさ、ユリカちゃん。外で飲んでて怒られないかな?」
「大丈夫! この辺りも監視システムの死角だもん」
「そっかー! さっすがゆりにゃん!」
 ――ビビーッ!
 大きな音に振り返ると、そこにはポリツィアがいた。
「貴女たち、通りでの食べ歩きは条例違反です。今すぐ室内に入るか、飲食を止めなさい」
 ポリツィアは無表情で、淡々と言葉を続ける。
 そんな姿に、あたしはニコと顔を見合わせ……笑い合った。
「やっぱり、こうでなくっちゃ!」
「ねー!」
「? 何故笑っているの? 理解できません。……はあ、これだから球体は……」
 ブツブツと文句を呟きながら、ポリツィアは横を過ぎていく。
 メカノアートに、いつもの日常が戻った。

おわり

Twitterでこのページを宣伝!Share on twitter
Twitter

1件の返信

  1. ミツコア より:

    ツッコミが追い付かない…!
    ヴ・ルーマーの「働いたら負けだと思っている」ロクロクの「本機は夢に生きることにしました」がツボに入りました。

コメントを残す