【小説】夢夜にねがいを 第15話(リゼ編②)

「着いたァァァァ!!!」
「やっとか…」
 あたしは喜びのあまり右腕を天高く突き上げる。
 いやはや、それにしてもここまで長かったな。まさかメルセントロからビルレスト大橋まで、こんなに距離があるとは思わなかったからな…おかげさまで相当疲れたぜ。
「っと、こんな所で突っ立ってる場合じゃないな。ひとまずは宿屋で休もうぜ、キア」
「そうだな」
 そうと決まれば早速戻るとするか。あたしは溢れかえる人混みを避けながら白濁のコンクリートでできた階段を一段ずつ上がってゆく。
 それにしても今日はいつもに増して人が多いな…と思っていると、突然誰かにぶつかり声を上げる。
「危ねえな!どこ見て歩いてんだ!!」
「あ、ごめんなさい!…って、リゼ⁈」
「そういうお前はツェルト!!久しぶりだな!!」
「それこっちの台詞だから!あ、みなさんホテルはあっちだよ。ごゆっくり〜」
 ツェルトはそう言って案内をしていた人達を宿屋へと無事誘導し終わると、あたしの方へと向き返りふうっとため息を吐く。
 そんなツェルトの態度に少しイラッとしながらも、無事に戻って来たことを告げるとツェルトは面倒そうな顔で口を開いた。
「あー、戻って来たのはいいんだけどな。スピノのやつが気にしてたぞ」
「あ?なんであいつが」
「そりゃ仕事あんのに突然1週間近くもいなくなったら気にするだろ」
「あたしがいない事をか?」
「いや、お前がやるはずだった仕事が片付かない事を…だ」
「あの糸目野郎…」
「まあそんな所だ。謝罪でも殴り込みでも、どっちでもいいから早いとこ会いに行ってきなよ。お前もバイトをクビにはされたくないだろ?」
「…ちっ!教えてくれてありがとよ!」
「はいはい、どういたしまして」
 ツェルトはニヤけながら言うだけ言うと、次の案内があるのか階段を下りて行ってしまった。
 …にしても、あいつのところに行かなきゃいけないのか…面倒だな。だけどここで働き口を失う方がもっと面倒だし…仕方ない、行くか。

 橋から身を乗り出し橋下で流れゆく川を見ていたキアに声をかけると、2人でエントランスまで歩く。
 ガラス板でできた入り口を通り抜け受付でスピノに会いたい事を伝えると、受付員はすぐさま電話で確認を取り始める。すると数十秒もしないうちに許可が取れたようなので、あたしはキアを引き連れエレベーターホールからスピノがいる部屋まで上がる。
 順調に進んだエレベーターが目的の階についた事を音で知らせながら扉を開けると、あたし達は降り遅れないように扉を通る。
 あれ、でも今ってエレベーターは調整中で一ヶ月後までは使えなかった気が……まあいっか。どうせ早く調整が終わったんだろ。早すぎる気もするがな。
 そんな事を考えながらスピノの部屋の前まで来ると、軽くドアをノックし部屋へと足を踏み入れた。
 部屋の中は経営者とは思えないほどこじんまりとしていたが、清掃係がしっかりとしているためか部屋の隅々まで埃1つ見当たらず綺麗だった。
 あたしの事を気にかけていたらしい当の本人は、なんとも高そうな椅子の上でコーヒーカップに口を当てながら窓の外を眺めていた。
 そんな態度が気に入らなかったので少し荒々しく名前を呼ぶと、そいつはくるりと振り返りながら口を開いた。
「おや、リゼさん。戻って来られたんですか。心配しましたよ」
「心配ねえ…本当なんだか」
「本当ですよ。このまま戻って来なかったら席を外して貰おうと思っていたくらいには」
「へっ!そんな事だろうと思ったよ。とりあえず戻ってきたからな!頼むからクビだけはよしてくれよ?」
「ふふふ、無事に戻って来た以上そんな酷いことはしませんよ。明日からはまたよろしくお願いしますね」
 スピノは軽く頭を下げると、再びコーヒーカップへと口を当てる。
 まあとりあえずは仕事をクビにはしないようだし、良しとするか。

 あたしが踵を返し部屋から去ろうとすると、不意に背後から声をかけられる。
「ところでリゼさん。そのお連れの方は?」
「こいつは…」
「俺はキア。心配はいらない。少々事情があってリゼと行動を共にしてるだけだ」
「ほほう…なるほど。彼氏ですか」
「……?!ちが、違うからな!!そういうんじゃねえぞ!!」
「彼氏…とは何だ?」
「それはですねぇ…」
「言うなあ!!!おい糸目野郎、それ以上言ったらぶん殴るぞ!!!!」
「おお…怖いですねぇ……では違うのですか?」
「あ、当たり前だ!!」
「その割には顔が真っ赤ですが」
「うるせえーー!!!行くぞキア!!」
「お、おう…」
 気持ちがムシャクシャしていても立ってもいられなくなり部屋から抜け出すと勢いよくドアを閉じる。
 ちくしょう、あの野郎適当な事言いやがって!た、確かにシエルヴィルでキアに助けられた時は思わずかっこいいとか…思ったりもしたが、少しだけだ、少しだけ!それに彼氏とかじゃ断じてねえんだからな!くそっ!!
 落ち着かない気持ちのまま一階まで降りると、空いていたソファにドスッと腰を下ろす。
「あーあ!ったく、最悪だぜ最悪」
「すまない。どうやら俺が原因らしいな」
「お前のせいじゃねえよ。気にすんな」
「そうか。それならいいのだが」
「それよりも騒いだら腹減っちまったな。まだ昼飯食ってねえし、なんか取ってこようか?」
「ああ、頼む。俺はここで待っていればいいか?」
「いや、あそこの机があるフリースペースで待っててくれ」
「分かった」
 キアはそう返すと、真っ直ぐにフリースペースの方へと向かって行く。

 さてと、あたしもさっさと飯を取ってこねえとな。腹が減っては戦はできぬっていうし。
 鳴り響くお腹を押さえながら周りに人がいない事を確認すると、立ち入り禁止の扉を開き厨房へと入り込む。
 漂ってくる香ばしい香りを楽しんでいると、厨房の奥から驚くほど小さなコック帽を頭に乗せたシェフが慌てた様子で近寄ってきた。
「お、きたきた。またいつも通りまかないを頼むぜ、スミレ」
「またお前かリゼ!!厨房には入ってくるなと何度言ったら分かるんだ!」
「固いこと言うなよ。わざわざ取りに来てやってるんだぜ?」
「いや、何そのむしろ感謝しろみたいな言い方⁈そんな事しなくていいから!こっちから届けるまで待てないの⁈」
「待てねえ。だから来てるんだぜ」
「(ダメだこいつ、話聞かねえ…)もう、分かったよ。作ってやるからとりあえず出ろ!」
「あ、今日は2人前頼むな?」
「はあ?!…あー、もうそれでいいから!とりあえず出ろォォォォ!!!」
 スミレはあたしを蹴り飛ばして外に放り出すと、ドンッと大きな音を立てながらドアを思い切り閉めた。
「くそっ、痛えな…何も蹴らなくたっていいだろ…」
 そんな愚痴を零しながらも、壁に寄りかかって料理ができるのを待つことにした……

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 それから数十分後、料理を両手に乗せたスミレが厨房から現れると、料理をあたしの前に置き何も言わずに厨房へと戻っていった。
 ありゃあ相当怒ってるな…
 と、そんな気を感じながらも料理を持つと、キアが待つフリースペースへと料理を運んで行く。
 途中ですれ違う宿泊者達にぶつからないよう注意を払いながら目的地へと到着すると、何やら一角のスペースに凄い人だかりができていた。
 気になってみて顔を覗かせて見ると、そこにはあたしが料理を届けようとしていた男の顔があった。
 それを見たあたしは思わず人だかりをかき分け近くまで寄ると、口を開く。
「おいおい、何やってんだキア」
「おお、リゼか。無事食料は調達できたようだな」
「まあな…って違う!何してんのか聞いてんだ」
「ああ、実はこの人達にポーカーっていう遊びを教えて貰っててな」
「あ?ポーカー?それにお前らは…スロイツとフラックドゥ!!」
 両手に乗せていた料理をテーブルに下ろしながら名前を叫ぶと、その声に反応した2人がこちらへ振り向いてきた。
 すると手前でカードを握りながら座っていた男…スロイツが、ニヤニヤと笑いながら声を出す。
「へえ、誰かと思ったら…行方不明になってたリゼじゃねえか」
「おまっ…仕事はどうした⁈」
「今は休憩中なんだよ。なんか文句でもあんのか?」
「いや、それならいいけど…ところで何でポーカーなんてやってんの、お前」
「ああ、たまたま通りかかったら珍しいやつが珍しい事をしてたんでな。ちょっくら首を突っ込んだワケよ。な、フラックドゥ?」
 依然ニヤついたままのスロイツが視線を移すと、その視線の先で座っていたフラックドゥがムッとしながら答える。
「人をまるでUMAみたく言わないで欲しいね」
「え、違った?」
「違うよ。それに私はそこにいる彼に興味があって話しかけていただけで、貴方が勝手にポーカーをやるとか言い出したんじゃないか」
「別にいいだろ?ちょいとした息抜きをしたかっただけだしよ」
「はあー…やれやれ、トゲのお兄さんとは違って、随分と自分勝手な人だ。そうは思わないかい、サイドテール乱暴娘くん?」
「お前も大概だけどな」
 そう返しつつ運んできた料理を口へと運ぶ。
「全く、誰が乱暴娘だってーの。どこからどう見ても好印象な少女だろ?」
「それはひょっとしてギャグで言ってるのか?」
「あ?」
「お?」
「まあまあ、やめなよ2人とも。サイドテール乱暴娘くんも、トゲの弟君も大人げないよ?」
「「お前が原因だからなッ?!!」」
 あたしらが声を揃えてそう叫ぶと、フラックドゥは頭をかきながら「さて…」と誤魔化す。本当にこいつってやつは…!
「もうカードの交換はいいのかな?それじゃあ2人ともカードを開いてくれ」
「へへへ、今回は凄えぞ!オラァ!!」
 スロイツはそう言いながらドヤ顔でカードをテーブルに叩きつけると、キングのフォーカードが姿を現し周りからは「おおー!」という声が上がる。
「ははは!!貰った!!」
 と高笑いをしていたのも束の間、キアがカードをテーブルに広げた途端周りの歓声は更に大きくなる。
 しかし巻き上がる歓声とは打って変わって、スロイツの顔はくっそ面白い絵面へと姿を変えていた。
「な、なな…ロイヤルストレートフラッシュ⁈そんなのありかよ!!」
「お、ということは俺の勝ちか?悪いな、また勝ってしまって」
「うぐぐ…」
「これで彼の10連勝だね。いやあ、ビギナーズラックって怖いねぇ」
「ちくしょォォォ!!!」
 悔しそうにテーブルを叩くスロイツを見て、思わず食べていたものを吹き出しそうになりつつも、なんとか踏みとどまる。
 あぶねぇあぶねぇ…危うく食ってたもん出すとこだった。いやあ、それにしても…くくく、面白え顔してんな、あいつ。可笑しくって腹痛いわー!
「くそっ、こんな結末認めねえぞォォォ!!!」
「あ、行ってしまいましたね」
「ああ…」
「では私もこれにて失礼しよう。お話できて嬉しかったですよ」
「俺もだ」
 フラックドゥはキアと握手を交わすと、席を離れていった。そしてそれにつられるように、周りの観客も解散してゆく。
 あたしは空になった茶碗をドンッと置き、ふと視線を隣に向けると一点を見つめたキアが輝いて見えて…慌てて視線をそらす。

 なんであたし、あいつの事を見るとこんなに胸が高まるんだろう……

 いや、いやいや、しっかりしろあたし!まだやる事がたくさんあるだろ!それをやらないと!!
 あたしはスッと席を立つと、キアに各自でトアの行方とダークマターの弱点を知ってるやつがいないか探す事を提案し、それをキアが了承したのを確認すると早速情報を集めるため聞き込みを始める。
 それにしても、ここはいつもと変わらないようでホッとした。みんなも普段通りだし…
 でもなんだか、変わらなすぎて逆に…怖い。他の町はダークマターに襲われてるのに、何故ここだけは無事で……?

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「どうだった、キア。そっちは」
「ダメだ。何の情報も得られなかった。リゼは?」
「あたしも全然。どこに行っちまったんだろうな、トア…」
「今は無事を祈るしかない」
「ああ…」
 ステンドグラスの窓から差し込む光が夕焼け色に染まり始めた頃、再び合流したあたし達だったが、互いに何の情報も得られないままだった。
 まあトアの方はノッテの方が見つけてるかも知れないし、見当がつかない以上どうしようもない。
 ダークマターの方は…これだけ人がいればと思ったが、誰1人として具体的な弱点を知るやつはいなかった。1番頼りたくはないが頼みの綱だったスピノとスロイツも知らん顔だったしな…
 でも……
「ダークマターの弱点なんて、あたしらが1番分かってるはずなのにな…」
「……」
「…すまねえ」
 静まり返る空気に耐えられず一言謝る。
 そんな…そんな哀しそうな顔しないでくれよ。何も言えなくなっちまうじゃねえか……

 どうしたらいいのか分からなくなって俯いていると、突然背後からハタキのようなもので頭を叩かれる。
 こんな時に誰だと思いながらゆっくりと振り向くと、今のあたし以上に死んだような顔をしたやつがホウキを片手に突っ立っていた。
「エシュフェ…」
「お久しぶりね、貴方」
「この人は?」
「ここの清掃員のエシュフェだ。つっても、普段はあんまり喋らねえけどな」
「そうなのか」
「ええ、そうよ。貴方は他所の町の人ね。あんまり綺麗ではないかも知れないけど、ゆっくりして行くといいわ」
「恩にきる」
 そう言ってキアが頭を下げる。
 妙にそういうところはしっかりしてるなーっと感心していると、エシュフェが再び話しかけてきた。
「ところでリゼさん。なんとか明後日の夜のパーティーまでには間に合ったようね」
「パーティー?」
「あらら、忘れてるのかしら。スピノさんが言っていたでしょう?29日の晩に従業員を集めて感謝祭をやるって」
「あー、そんな事言ってたな。エシュフェは出るのか?」
「俺はお断りしたのだけどね…スピノさんがどうしてもって聞かないのよ。だから仕方なく…」
「…ま、待て」
「ん?どうしたキア」
 会話の途中に割り入ったキアの方へ視線を移すと、キアは険しい表情で頭を押さえていた。
 心配して声をかけようとすると、エシュフェの方へ向き直ってそっと口を開く。
「お前今…何日の晩にパーティーをやるって言った?」
「……?明後日の29の晩だけど」
「ということは、今日は27日なんだな?」
「そうよ。それがどうかした?」
「…俺達がシエルヴィルを出たのは5日前の27日だ!!」
「?!」

 え、今なんて…?
 5日前……?27日……⁈

「まさか…そんなはずないでしょう。貴方の見間違えでは?」
「いや、確かに俺はシエルヴィルを出る直前に日付を見た!その時の日付は確かに27日だった!!」
「え⁈じゃあ…」
 キアの発言に心がドクドクと脈打っているのが分かる。
 今までこの場所で感じていた違和感。でもそんな、まさか…!
「ああ…こんな非現実な事、夢の中でもない限り起こりえない!!」
「夢の中……‼︎」
 夢という言葉を聞いて、今までの出来事を思い出す。
 カンパニュラでダークマター達に襲われた住民たちが跡形もなく消え去ったのも、シエルヴィルで住民たちがダークマターを信仰してしたのも、ビルレスト大橋で動くはずのないエレベーターが使えたのも…全部できるはずがない事だと思っていたが、夢の中というなら全て合点がいく!!
 その事に納得したのか、隣にいたキアも強く頷く。
 そんなあたしらの様子を見ていたエシュフェが不審そうな顔して呟く。
「なんだかよく分からないけど…訳ありのようね」
「まあな」
「全く、自分勝手なんだから…でもいいわ、好きにしなさい。どうせ止めてもいう通りにする玉じゃないでしょ?」
「その通りだ。急ぐぞキア!」
「ああ!」

 エシュフェに別れを告げエントランス前の扉をガラリと開けると、沈みかけの夕陽に向かって走り出す。
「で、どこに行けばいい?」
「確かジークフリートのすぐ近くに夢を管理する夢の泉ってのがあったはずだ!」
「そこで何かが起こっている…というわけだな?」
「そういうこと!事件の全貌が見えてきたぜ!!」
「そうだな…‼︎」
 ただひたすらに前へと駆けながら、そんな言葉を交わし合う。
 トアとノッテの故郷のためにも、そして今まで出会ってきた人達のためにも…やるぜ、あたしは!!

つづく。

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