恋するクラゲは止まらない

「まあ見て、あの人口光源。すてきな色」
「ホントだ。シャボン玉みたいね」

シンボルツリーの近くに浮かんだ人口光源を指してにこにこしているのは、あたしは友達のメア・モア(あたしは「メアちゃん」って呼んでる)

「ご覧になって、リリオさん。あなたのリボンと同じ色のもありますわ」
「そうね。なかなか趣味がいいじゃない!」

カンパニュラは今日もいい天気。あー、気持ちいい!
ぐぅーっと体を伸ばしたあたしはメアちゃんのリボンを踏みそうになって、慌てて足を上げた……らバランスを崩して、後ろに尻もちをついた。
「いった~い!」
「あらあら、どうされましたの~?」
メアちゃんのせいでしょっ!
あたしが口を尖らせて文句を言おうとした寸前、こっちを向いていたメアちゃんに誰かが「どんっ!」とぶつかる。きゃあ、なんて悲鳴を挙げてメアちゃんがバランスを崩す――「おっと」
転ぶ寸前で、誰かがメアちゃんの体勢を持ち直した。「大丈夫ですか?」メアちゃんの顔を覗き込んだのは、ってヤダ?! ヨハネスさんじゃない!あたしはヨハネスさんのまっくろな目をちょっと睨む。
ヨハネスさんはメアちゃんの顔を覗き込んで、怪我がないか確認したら手を離した。「急いでいるので、これで」なんて言って、急いで走ってく。
ほっとして、あたしは自分のヒレを撫でる。あたしのヒレも、メアちゃんの触手も、「サンプル」だなんて言って取られなくて良かった。ね、メアちゃん。……メアちゃん?

「……なんて素敵な殿方なのでしょう」
「はあ?!」

タイトル:恋するクラゲは止まらない

「目を覚ましてメアちゃん!あのヨハネスさんなのよ!」
「だって……とっても素敵だったんですもの〜」
頬に手を当てて、ピンク色の触手をくねらせるメアちゃん。いい子なんだけど、ちょっと恋が多すぎるのよね。
でもヨハネスさんはぜったいダメなんだからね。
いつもサンプルの事ばっかりだし
「仕事熱心で素晴らしいですわ~」

なんだか目がキョロッとしてるし、ぽけっとした表情だし
「愛嬌があって素敵なお顔でしょう」

ああもうダメ、触手の先までふらふらしちゃってる!
でもあたしが止めないと、メアちゃんが注射器でぷすって刺されちゃう!触手だってちぎられちゃうかも!

「もう!もう!ダメなんだから!ヨハネスさんは、注射器持って追いかけてきたり、みんなの体のヒレを引っ張ったり、『今日こそサンプルを手に入れるのだ……』とか言って注射器持って草むらに隠れてたり、トアちゃんのアクアマリン海に流したり、ノッテさんを追いかけたりして、とにかく変な事してる変な人なんだからっ!」
「仕事熱心で素晴らしいですわ~」

恋する乙女には何を言ってもムダってことー?!
ばかばかばか!メアちゃんのばかあ!
ヨハネスさんと付き合ったりなんかしたら、サンプルとかいって触手をちぎられちゃうんだから!
「お慕いしている殿方のためなら、触手の一本や二本なんなら体ごと……きゃっ♪」
「ラブコメしてる場合じゃないのよっ!」

頬を染めてもじもじしているメアちゃんの触手をぱしぱし叩く。でも視線が遠くなってるメアちゃんには全然届いてないみたい。
普段は結構しっかりしてるのに、こうなったら全然止まんないんだから!
こうなったら、メアちゃんの恋心が冷めるまで、あたしがメアちゃんを守らなきゃ。
「世話が焼けるったらないわ!」
「ああヨハネス様!」
あたしの決意も無視して、ヨハネスさんが走ってった方向へ駆け出すメアちゃん……ってばかー!
「やめなさいよ!ばかじゃないの!あたしが止めなさいっていってるの!ちょっと!聞き届けなさいよ!」
全然聞こえてないみたいに、メアちゃんはどんどん先に走っていっちゃう!あたしも慌てて追いかける。

おいかけっこは止まらない。メアちゃんの体力は5。持久走はあの子の得意分野なのよね…。

…。

一歩も止まらないで、海辺まで走ってきちゃった。まだまだ元気なメアちゃんのすこし後ろを、息をぜぇはぁはずませて追いかける……ちょっと!体力2のあたしにもうちょっと、気を使ってくれたって、いい、じゃない……
「あいたっ!」
下を向いて走っていたら、なんだかやわらかい壁にぶつかった!前を向いたら、ピンク色の触手。メアちゃん?
「急に立ち止まったらびっくりするじゃない!」
文句を言ったけど、メアちゃんは何にも反応しないで、ずっと向こうを見てる。なんなの?何かあるの?メアちゃんの背中ごしに前をのぞく。もう、触手が邪魔ねっ!
メアちゃんの横へ体をずらして前を見ると、場所は砂浜。まっしろで柔らかそうな砂が、コバルトブルーの水辺まで敷き詰められてる。

で、その砂浜を蹴って、ノッテさんがヨハネスさんから必死で逃げていた。またサンプル採集とか言って町長を付け回してるのねあのひと。
メアちゃんが震える。「……そんな」
あたしはびっくりしてメアちゃんの顔を覗き込もうとする。けど、それをする前にメアちゃんが大きな声で叫んだ。

「ノッテさんとあんなに仲睦まじく浜辺でおいかけっこだなんて!お二人がそんな仲だなんて聞いておりませんわ!あんまりですわー!」

「あんまりですわー!」の「わー!」のところでメアちゃんは踵を返して、わあわあ泣きながらすごい勢いで走り去っていった。びっくりして追いかけられなかったあたし。
声が大きかったので浜辺の方まで聞こえたらしい。ヨハネスさんがぽかんとした顔で突っ立っている。
「……。えー、っと……?」
「うん、気にしないでいいと思う。なんかごめん」
あたしは悪くないけど。なんか、なんとなく謝っちゃう。
ところでヨハネスさん、後ろ。
「ノッテ町長がこの隙に乗じて海に飛び込んで逃げてくけど」
「ああーっ!サンプルがー!」
でも同情はしない。

…。

「もうっ!だから言ったでしょう!あたしがせっかく止めたのに!」
とにかく、メアちゃんがサンプルにされなくて良かった。
「ええ、ごめんなさい。リリオはわたくしの事を想って止めてくれていたのね……」
頬を膨らますあたしに、メアちゃんがにっこり、こっちを向いて。
「ありがとう、リリオ」
「べ、べつにっ!いいのよ!」
不意打ちで褒められるのはびっくりするってば!あたしは思わずそっぽを向く。くぅ、ちょっと口の端がにまっとしちゃう……

どんっ!

「おっと!ごめんね」
どこかで見たような展開。メアちゃんが体勢を崩して、誰かがメアちゃんの体勢を持ち直して。
「ケガはない?大丈夫?」
メアちゃんを支えたのは、鹿撃ち帽とインバネスコートを着こなしたカービィ。
メアちゃんに怪我がないのを確認したら満足そうに頷いて、しゅたっと片手を挙げた。
「じゃあねっ!事件が僕を呼んでるから!」
また変な人だ。
マントを翻して去っていく後ろ姿。やれやれ、って、あたしは首を横に振る。ふと横を見れば、メアちゃんは頬を赤くして、目を潤ませて……。
「素敵な人……」
「もーいい加減にしなさーいっ!」
人口光源の浮かぶ空の中に、あたしの叫びが吸い込まれていくのだった。

END

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3件のフィードバック

  1. より:

    リリオちゃんの言動が高飛車すぎなかったかが心配です。

    • 紅錆猫 より:

      (リリオの口調ばっちりですよ問題ないです)
      メアちゃんの「惚れっぽい」設定が活かされてますね!
      テンポ良く進んでて読みやすく、面白かったです…!

      • より:

        (アアッ良かったです!わぁい!)
        メアちゃんの設定を見た瞬間、このネタしかないぜ!と思いました……!
        テンポをお褒め頂け嬉しいです!ありがとう御座います!

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