苦味のする話

「俺はピーマンが嫌いなんだ」

傍で畑弄りをしていた彼は、突然何かを言い出した。
名前は何て言ってたっけ。あれ、思い出せないや…まあいいか。

「…あぁ。確かに苦いですし、人を選びますね」
適当にそう答える。
驚いた。この人に”好き嫌い”の概念が存在していたなんて。
植物ならば、なんでもこよなく愛しそうなのだけれど…これは僕のただの偏見に過ぎないか。

「いや、違うんだ。味ではなくてね…」
等と彼は切り返し、”また”くどくどと話を始める。

「断面が恐ろしい。分かるかい?」
切った断面…?

「まるで白い種が歯並びのように見えて、
身を半分に切られて痛みで叫んでいるように見えるだろう」
枯れた葉を手のひらで弄りながら彼は、「恐ろしい」と繰り返す。

「人はそんな彼の悲痛な叫び声も聞こえる筈も無く、種を取り、洗い流し、食すんだ。
なんて無慈悲で卑劣な生き物なんだ」

「そう、ですね…」
そもそも野菜しか口に運ばない彼に、そんな後味の悪くなる苦い話を聞かされて
どう返せと言うのか。
自分の手元の真っ赤なトマトを見やる。
この子も、人に食べられる時にはやはり痛みに苦しむのだろうか。

突然後ろで「嗚呼!」と叫ぶ声がし、咄嗟に振り返った。

「この子は病気だ。…もう、治らない」
黒い斑点に蝕まれた緑の野菜。よくよく見ると先程まで話に出していたピーマン。
その人は静かに涙を流していた。

…不思議な人だ。
先程まで嫌という程この野菜が怖い怖いと僕にぶつけていたのに。
帰ってくる度にいつもこうなのでもう慣れてしまったけれど。

「君はまた種となり芽となる運命だったのだね。
…彼等にとっては、人間に食べられてしまうよりかは、幸せな生き方なのだろうか。」
そんな独り言を、語り掛ける。

「そもそも土に生まれ土に還る輪廻の法則を壊してしまったのは我々人間なのだから」

「恐ろしいよね、人間って」

誰にも聞こえないような消え入る声でそう彼は呟いて、
“病人”を土の中へそっと、深く埋めた。

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