【捏造SS】船上の白百合

流氷の浮かぶ深い深い水の中に、私は溺れていく。
―ここがどこかわからず、自分がが誰なのかもわからない―

それが最後の記憶だった。

気がつくと、私はベッドの上に寝かされていた。狭い天井、気のせいか全体がゆっくりと揺れている。
まごまごしていると開錠の音。入ってきたのは頭に緑のリボンをつけた、青い球体。
「目が覚めたのですね!」
そう言ってベッドのそばに駆け寄ってきた。名前はノートと言うらしい。
ここは船の中で、彼女はその船長だという。
「ちょうどフリーズフォールズとクリスタルケイプの境界沿岸で、浮かんでいるあなたを拾ったのです。あなたのお名前は?」
名前…思い出せない。
それどころか自分が何者なのか、なぜ溺れていたのかもわからない。記憶喪失だ。ひどい頭痛。
「ごめんなさい、無理もないです。流氷の中、死にかけていたんですから…。ゆっくり、思い出してください」
濡れタオルを交換してくる、とノートは部屋を出ていった。
それからしばらく以前の記憶を思い出そうとしたが、頭痛とだるさに耐えられず、眠ってしまった。

翌日以降も、記憶を取り戻すことはできなかった。名前を呼ぶのに困るので、仮の名前をつけようということになった。私が生真面目にもずいぶん悩んだので、見かねた船長が
「雪みたいに白いから…ユキノ。どうですか?」
と提案したものに決めた。
体調がまともになってからは、足手まといになるまいと船の手伝いをさせてもらうことにした。
それから一か月が経って、昔のことはどうでもよくなってきた。これだけ時間がたってしまってはもう思い出せることもないだろう。あるいは、突然の瞬間を待つか。
結局名前は仮だったものをそのまま名乗ることにした。

私の名前はユキノ。船長に救われ、船長にいただいた名だ。
その恩に報うために、船長補佐としてこの船の一員になることを決めた。
今日も船長はまぶしい笑顔で、忙しそうに走り回っている。
時々ちょっと危なっかしいこともあるが、とても頼りになる船頭である。方向音痴以外は。
「ああ~!気をつけてユキノさん、今ワックスをこぼしちゃって…」
甲板に転ぶ船長をとっさに受け止めた。
「うう…ごめんなさい、船長なのにふがいないです…」
「いえ、あなは立派な船長です。」
少し落ち込む船長をフォローする。それから聞こえない程度で私は呟いた。
「いつだって私は船長のこと、お慕いしていますから。」

end.

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1件の返信

  1. 峰時くろみ より:

    雪のように白いからユキノ…とっても素敵な由来ですね…!
    記憶を失くしてからノートちゃんだけしか視界に映らない、頼れる人が居ないユキノの
    一線だけ向けた心からの忠誠がとても眩しいです。題名も素敵です

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