「さ……さむい…..」
「うう…..」
「キーラさん!しっかりして!寝てはダメです!!」
「もう……だめかも……」
「キーラさん…..!!」
僕は必死に声をかけるも、キーラさんは目を閉じたまま全く動こうとしない。
その間にも体温だけが徐々に失われていくのを感じ取っていた。
ふと周りを見渡せば、そこは一面真っ白の銀世界が広がっていて、辺りには何かあるようには見えない。
僕は無駄だと分かっていても誰かいないかと、精一杯の声をあげて助けを求めたけど、返ってくるのはコンコンと雪が舞い落ちる音だけだった。
「やばい…..このままじゃ僕も…..」
気づけばなんとか上げていた足も上がらなくなっていて、その場から一歩も動けずにいた。
嫌だ……
こんなところで……僕は……
ゆっくりと世界が傾いていくのと共に、僕の意識も次第に遠のいていった……
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「んん……あれ、暖かい……」
やんわりとした暖かさに包まれゆっくりと目を開けると、淡い光に照らされた天井が映り込んできた。
体を起こすと暖かさの正体がかけられていた布団だったことに気がつき、そこで初めて自分は助かったと知った。
どうしようかと首を傾けていると、横のドアが小さな音を立てながら開き、外からなんだか目つきが悪そうな人が入ってきた。
その人は僕が起きていることに気がつくと、こちらに近づいてきて…..言った。
「お、起きたか。丸一日寝ていたからもう起きないんじゃないかと思ったぞ」
「あの……あなたが僕を助けてくれたんですか?」
「……俺はただ雪の中で倒れているお前たちをここまで引っ張ってきただけだ。実際に面倒をみてたのは俺じゃない」
「でもここまで連れてきてくれたのはあなたなんですよね?ありがとうございました!!」
「あ、ああ…..」
助けてくれた命の恩人は照れくさそうに頭をかくと、「それじゃあ来れたら広間まで来てくれ」と言い残し部屋を出て行った。
僕はゆっくりと立ち上がると、ドアを開け廊下に出る。
特に説明をされなかったのでひたすら進んでいると、なんだかとてつもなく広い場所にでた。
長椅子が均一に並んでいて、中央には赤いカーペット、そしてその先には壇のようなものが誇らしげに立っていた。
「ここが広間?確かに広いけど…..誰もいな」
「ここは広間ではないですよ」
「え?」
ふと横を見ると、優しそうな顔でこちらを見つめている女の方がいて、驚いた僕は咄嗟に身を引いた。
「あ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
「あの、あなたは…..」
「失礼、申し遅れました。私はここで聖職者をやっておりますアリスという者です」
「聖職者…..?」
「はい。それから、そんなに警戒なされなくても大丈夫ですよ、ユウス様」
「なんで僕の名前を……」
「それは、すでにお目覚めになられたキーラ様から聞いていたので……」
「……!!」
そうだ、すっかり忘れていた。
僕と共に極寒の寒さの中うずくまっていたキーラさんのことを……
でも今目覚めたと言っていたということは、どうやら無事みたい……
「あの、ユウス様?大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫…..です。キーラさんが無事だと聞いたら何故だか涙が出てきてしまって……」
「そうですか……何があったのかは分かりませんが、大変だったんですね……」
「はい……」
「ところでユウス様、その服装は…..?」
「え、あ……」
涙ぐみながら下を確認すると、もうすでに見慣れてしまったスカートを履いていた。
なんとか心を落ち着かせようと頑張ってみたけど、嬉しさと羞恥心で心がぐしゃぐしゃで、とてもじゃないけど無理だった。
「あの、とりあえず広間に行きましょうか?そこで皆さんがお待ちです」
「わ…..分かりました。行きましょう」
アリスさんはその言葉を聞くと、踵を返してまっすぐに歩き始めた。
僕がはぐれないように後をぴったりとつけていると、こじんまりとしたドアが見えてきた。
アリスさんがそのドアを開けると、そこには元気そうにおしゃべりをしているキーラさんの姿があった。
「キーラさん!!」
「あら〜、ユウスさん。やっと起きましたか〜」
「キーラさん….無事で何より…..」
「心配かけちゃったわねー。でも大丈夫、私はなんともないからー」
そう言いながらキーラさんはお茶を一口すする。その背後には、先ほどの目つきの悪そうな人、そして可愛らしい帽子を被った女の子が座っていた。
後ろの2人がこちらに気がつくと、可愛らしい帽子を被った子が目を輝かせながらこちらに飛びついてきた。
いきなり飛びつかれた僕は「うわぁ!」と声を上げながら床にそのまま崩れ落ちた。
「うわー!可愛い服!いいなぁー!!」
「あの、重いんですけど……」
「あ、ごめんごめん!ボク雪兎!キミはー?」
「僕はユウスと言いま….だから重いですって!」
「ユウスちゃんだねー!よーし、覚えたよー!」
そう言うと雪兎君はやっと僕から離れてくれた。あー、重かった。
そうだ、これほど人数がいるなら、ダメ元でも聞いてみようかな…..
そう考えた僕は、さっそく3人に聞くべく口を開いた……
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「あー、やっぱり誰も知らなかったかぁ……」
案の定、予想通りの答えが返ってきてすでにガックリもしなくなってしまった。
そもそもこんな風に聞いていく方針で本当に原因が見つかるんだろうか…..と今でも思う。
「だがよ、それならなんで2人は雪の中で倒れてたんだ?」
「それはねー、おそらく降っていた雪のせいだと思うのー」
「雪?」
「ええー。飛んできた氷の粒が、プロペラ部分に引っかかって、それでエンストして落ちたんだと思うのよー。ごめんねー、ユウスさん」
「僕は大丈夫。あのまま旅立ったらまた迷子になってたかもだし…..」
僕は今までのことを振り返りながらそう答えた。こればかりはどうにかしようと思っても、現状はどうにもなってない。
そんなことを思っていると、今度は先ほどからずっと葉っぱのような耳をパタパタとさせていた雪兎君が話しかけてきた。
「いーな!いーな!僕も朝起きたら女の子になってないかなー!」
「え、えっと女の子に….?」
「おいおい雪兎。こいつはこの姿に困ってるんだぞ?あんまり羨ましがるようなことは…..」
「えー!だってボクが望んでもできないことが実現されてるんだよー!ライロくんはいーなって思わないのー?」
「思わねえよ!!!」
「うう….そんな大声で怒鳴らなくたって….」
「ああ…..分かった!分かったからそんな泣きそうな顔するんじゃねえ!全く……」
ライロさんが泣きそうな雪兎君の頭をぽんぽんと軽く叩くと、雪兎君は徐々に笑顔を取り戻してきた。
アリスさんがお茶のおかわりを聞いてきたのでありがたくもう一杯貰っていると、突然ドシンという音が部屋中に響き渡った。
僕は慌てて声を張り上げる。
「な、なんですか今の音!!」
「なんでしょう…..⁈天井からでしたが……」
「外からじゃねえか?一応俺が見てこよう」
「私も行くわ〜」
「じゃあボクもー!」
「私も行きましょう」
「えっと…..じゃあ僕も」
「結局全員行くのかよ!!」
そう叫ばれつつも、ライロさんを先頭に教会の外に出ると、目の前で何やら黒い物体が呆然と浮いていた。
不審に思った僕が気をつけながら近づこうとすると、ライロさんが手で遮ってきた。
「ライロさん…..あれは一体…..?」
「まずいな…..とんでもねえやつが来ちまった」
「とんでもないやつ?」
ただならぬ雰囲気と空気に圧倒されそう尋ねると、ライロさんはゆっくりと口を開いた。
「…….ダークマターだ」
→後編へ続く!