「もう焼けたかな?」
そう言って真っ赤なトースターに手を伸ばすと、中から熱々のパンを1つ取り出す。
「あー、少し焦げちゃったか……」
まあ焦げてしまったのは仕方ないので、そこに真っ白なマーガリンとここによく来る商人から買った果物のジャムをたっぷりと塗り込むと、口にほうばる。
先日1つのダンジョンを苦労して攻略したボクは、スタビレッジに戻って来るなりどっとのしかかっていた疲れで寝てしまった。
おかげで疲れは十分取れたが、時計の針はお昼の12時を過ぎていた。
「……よし、食べ終わった」
空になった食器を洗い場で片付けると、色々と身支度を始める。
と言っても、これからもダークマターに襲われることを考えると荷物はどう考えても邪魔になる。
そこで古びたタンスの奥の方から懐中電灯と携帯医療セットを取り出すと、その2つだけを持っていくことに決めた。
コップに注がれた水を一気に飲み干すと、部屋中を見回す。
「これでしばらくは帰ってこれないね……無事帰って来れればいいけど」
そう呟きながら玄関をくぐり抜けると、ドアをそっと閉め鍵をかける。
外は雲ひとつない快晴で、ふわりと吹いてくる風が心地良い。
普段ならこんな日には木の上で寝転びながらお昼寝をするのだけど、今はそうもいかなかった。
ジャンボジャングルへ向け草原の上を歩いていると、畑で何やらせっせと作業をしているハンナの後ろ姿を見つけた。
そこでハンナの元へと近づくと、声をかけた。
「やあやあ、ハンナ。また何か植えてるのかい?」
「あらラレイヴ。いつの間に戻って来ていたの?」
「昨晩だよ。それよりも、この村はなんともないのかい?」
「……?何がかしら?」
「ほら、何かに襲われたり…..とか」
「いえ?別にいつもと何も変わりないけど。それよりもあなた、ミナノを知らない?」
「ミナノ君?いや、知らないけど。何かあったのかい?」
「実は一昨日にメカノアートに行くと言ったきり、帰ってきてないのよ。何か面倒ごとに巻き込まれてなければいいんだけど」
「あー、それは心配…..だね。でもミナノ君なら心配しなくていいと思うよ。彼女は強いから」
「ふふ、そうかも知れないわね」
ボクとハンナは互いに苦笑し合う。
ミナノ君はボクなんかよりもずっと強い。それは単純な強さとかではなくて、覚悟の姿勢の話だ。
前に特殊な乗り移り型ダークマターにホシガタエリア全土が支配されかけた時、彼女は1人ここから出て各地の町から連れてきた仲間と共に見事事件を解決してみせた。
その時の彼女の目は本気で、まだ小さな子供だというのに必死で運命に逆らった。
肝心のボクはと言うと、ダークマターに体を乗っ取られたグレイ君に圧倒され何もできなかった。気がつけばボロボロになった彼女は笑いながら泣いていて、全てが終わっていた。
ボクはその時無事終わったんだとホッとする反面、自分でも気づかないほどの悔しさがこみ上げていた。
あれからボクは……
「ちょっとラレイヴ。聞いてるの?」
「え……?あ、ごめん!聞いてなかった……」
「全く、人の話はきちんと聞かなきゃダメよ」
「すいません…..」
「まあいいわ。あなた、今はわたしの話をじっくりと聞けるような状態じゃないみたいだし、それならそれであなたの好きなようにしなさい」
「申し訳ないけど、そうさせてもらうよ……もしもミナノ君を見つけたら、連れて帰ってくるから」
「なんだ、実は話を聞いてるんじゃないの」
「え、あ、うん。じゃあボクはもう行くよ」
「気をつけてね。どこに行くかは知らないけど」
「分かってる」
ボクは手を振りハンナと別れると、再びジャンボジャングルへ向け進み始めた。
そうして歩き続けて20分くらい経った頃には、周りが木々で覆われた空間に立っていた。
「ジャングルジャングルなんて、用がない限り入らないから久しぶりだね…..」
そう呟きながら1人寂しく森の中を歩いていると、水の流れる音が聞こえてきた。
ボクはその音を頼りに進んで行くと、一気に視界が開けた。
目の前には大きな滝がゴオゴオと流れていて、そこから流れゆく水は遠くからでも底の方が見えるほどに透き通っていた。
「ちょうどいいや。喉渇いてきた頃だし、ここで水でも…..」
「あー、そこの水はやめといた方がいいよー。見た目は綺麗だけど細菌がいっぱいだから」
「その声は…..」
聞き覚えのある声に気がつき後ろを振り返ると、そこには黒い帽子を被り茶色の布を巻きつけたマーニーと、見知らぬ男の子が立っていた。
「やっぱりマーニーか。久しぶりだね」
「そうだね、久しぶりだね」
「ここにいるってことは、もしかして君達が今回の助っ人?」
「どうやらそうみたいだね。というか、君もその事は今回から知っているんだろ?」
「あ、ばれたか」
ボクとマーニーはそんなやりとりをして笑いあう。
見ての通りおそらく今回の助っ人はこの2人なんだけど、前回のダンジョンでのやりとりをウィッチがどうやってか知ったらしく、夢の中でそれについて問われた。
というのも、前回の自己紹介の時に初対面のトウヤが警戒していたためにダンジョンに入るのに少し時間がかかった。
そこでウィッチは今回からその手間を省くために、あらかじめ夢の中でお互いの人物像を教えておくという形を取った。
ボクもそれは助かるということでお願いし、今にいたる。だからボクはマーニーの横にいる男の子の事を知ってはいる。情報のみだけど。
相手をふと見ると話しかけてくる様には見えなかったので、こちらから話しかけてみた。
「えっと、ディア-ミゼラブリィって君だよね?ボクはラレイヴっていうんだ。短い間だけどよろしく!」
「あー、きみがラレイヴ?こちらこそよろしくー。あ、でも名前は長いからミゼって呼んでねー」
「ん、そうなの?じゃあそうさせてもらうよ」
特に警戒されることもなく無事挨拶を済ませると、互いに握手を交わす。
その後互いに軽くどんなことが苦手でどんなことが得意なのか伝えあった。
何せウィッチは簡易的な事しか伝えてきてないから、そうしておかないとダンジョン攻略するのに色々困るからだ。
そうして互いのことを把握すると、マーニーの案内のもとダンジョンの入り口に立つ。
目の前には周りの壁と色の違う部分があり、少し苔のかかった星のマークが目印になっていて、それがダンジョンの入り口だとすぐに分かった。
ボクは2人に確認を取ると、勢いよく扉を開いた。
中は何故か十分に明るく、これなら灯の準備をしなくても大丈夫そうだった。
一応周りを警戒しつつも、ひたすらに一本道を進んで行くと、突然行き止まりに辿り着いた。
ボクが困り果てていると、後ろからミゼが声をかけてきた。
「ねえ、1つ気になっていたんだけど、これ何ー?」
「これって?」
「この紐って引っ張るとどうなるのかなーってー」
「ひ……も?」
ボクとマーニーがミゼの方を振り向くと、ミゼが上から伸びていた怪しげな紐を握っていた。
ちょっと待って。
何その明らか様な紐は。
どう考えても罠以外考えられない。
引くと天井が迫ってきたり、なんか飛んできたりするあれでしょ?
そんなの絶対に引かせるわけにはいかない。いや、引かせるものか。
その事にいち早く気がついたマーニーが慌てて声を上げる。
「待ってミゼさん!それは絶対に引いちゃだめだ!!」
「え?引くのー?」
「「あーーーっ!!!」」
ミゼが紐を引いた瞬間、地面に足をついている感覚がなくなった。それと同時に、体がふわりと宙を舞うような感覚を味わう。
まずい。これ、確実に……
「落ちてるーーー!!!」
「落ちちゃったねー!」
「こらー!少しは反省してよー!!というかどうするのこれ!!」
頭を働かせ必死に考えるけど、良い案が思いつかない!
このままじゃ皆まとめてミートボールに…..!!
「あ、そうだ!!2人ともこれ食べて!!」
「「?!!」」
突然マーニーから何かを投げられ、自由が利かない空中でなんとかそれを受け取ると、言われた通りに口へ放り込んだ。
すると背中から羽のようなものが生え、なんとかその羽をはためかせバランスを取る。
「これはウィングの能力⁈」
「当たりだよ、ラレイヴさん。これでひとまずは安心……」
「あー、1人安心じゃないのがいるんだけど」
「あっ」
足下を見ると、コピーのもとを取り損ねたミゼが真っ逆さまに落ちていた。
やれやれといった感じで急降下すると、ミゼの足を掴み取った。
「ありがとーラレイヴゥー」
「全く、世話が焼けるよ。あと少しで串刺しの刑だったよ?」
「えー?うわっー!本当だー!!」
ミゼの目の前には鋭く尖った幾重もの針がびっしりと敷き詰められていて、間に合わなかったと思うとぞっとした。
ボクとマーニーはすぐ近くの横穴に入ると、ウィングの能力を解除して一息吐く。
「あ、危なかったー」
「これからは勝手に変なものをいじらないでよ?」
「ごめんー!次からは気をつける……よ?」
「「……え?」」
ポチッという音が聞こえてきて、まさかと思いミゼに壁についた手を退かせると、赤くて丸い……もう嫌な予感しかしないスイッチが押されてしまっていた。
途端にさっき入ってきた横穴が壁で封じられ、頭上からは落下音が聞こえきた。
ま、まさか…….
嫌な予感しかしないボクは反射的に叫んだ。
「みんな走れぇー!!!」
「やっぱりこうなるのか!!」
「うわぁー!!ごめんなさいー!!!」
ボクらが前に向かって走り出した途端、背後から巨大な岩石が転がり落ちてきた。
「2人とも死ぬ気で走れ!!追いつかれたらアウトだ!!」
「ちょ、ちょっと待ってー!!」
「そんなこと言われたってー」
次第に遠ざかってゆく2人の声に違和感を感じ後ろを振り返ると、2人は息を切らし今にも死にそうな顔で走っていた。
そういえば2人って走るのは…..!!
「あー!もうだめだー!!」
「ミゼも限界ー!!」
やっぱりあの2人、持久走は苦手なのか!!
こうなったら仕方ない……
ボクは踵を返し2人の手を取ると、そのまま上におぶさり下り坂を一直線に駆け抜けてゆく。
自分だって体力があるわけじゃないけど、走りならそこそこ自身がある。なんとか体力が尽きる前に安全な場所まで行ければ……!!
「はあ、はあ……」
「大丈夫かラレイヴさん!」
「はあ……はあ、そう…..見えるかい?」
「頑張ってラレイヴー!今君が倒れたらミゼ達はどうなるのー⁈目の前に大きな扉が見えるー!あそこにたどり着けば助かるんだからー!次回、ラレイヴし……」
「え?何、扉⁈ほ…..本当だ扉がある!!あそこまで耐えろ自分ッ!!!」
「ちょっとー!ミゼの話は無視ー?」
「……振り落とすよ?」
「ごめんなさいー!!」
そんなこんなでなんとか扉の前までたどり着くと、必死に扉を押し込んだ。
……が、開かない。
まさかこれ……
「内開きだこれー!!!」
「えー!!早く開けて開けて!!」
「もうそこまで来てるー!!急いでー!!」
「やった、開いた!!」
「みんな入れ!!」
ボクらは必死の思いで扉の中へと入ると、すかさずマーニーが扉を閉めた。
するとゴォ!という音と共に何かが砕けちる音が鳴り響いた。
「危なかった……あと少しでみんな揃ってお陀仏だったよ……」
「そ…そう……みたい……だね」
ボクが息を切らしながらもそう答えた瞬間、ゴゴゴ……という不気味な音が鳴り響く。
2人もその音に気づいたようで、周りを見渡し始める。
最初に異変に気がついたのはミゼだった。
「見て!天井が低くなってきてるよー!!」
「うわっ、本当だ!!ど、どうすれば⁈」
「もしかして、あそこにあるパズルみたいなの解くんじゃないかなー⁈」
「あれか!」
2人の視線にボクも合わせて見ると、そこにはバラバラの石板と凹みだらけの岩盤があった。
ミゼが近づいて確認してみると、どうやら本当にパズルのようで、凹みに石板を埋めればいいだけのようだった。
そこにマーニーも加わり2人で協力してパズルを解き始めた。
ボクも参加したかったが、あいにくにもさっきのランニングで体力を消費しきっていて立つことができない。
まあ、2人とも頭はいいみたいだしボクがいなくても……
「んー、難しいなこのパズル」
「このパーツってどこにも型が合わないよー?どこに使うのこれー」
……なんか苦戦してるみたいなんだけど……
でもまだ時間はあるし、落ち着いて解けば大丈夫なはず。きっとそうだ……!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
10分後。
「あー、ダメだ!どうしても残りのパーツがはめられない!!」
「あと3つなのにー!どうやってはめるのこれー!!」
……やばいかも知れない。
どうしよう。2人が頑張ってくれているのはいいのだけど、天井がもうすぐそこまで迫ってきている。
とりあえずこの事を2人に伝えないと。
「マーニー!ミゼ!」
「なーにーラレイヴー。今ミゼ達は忙しいんだけどー」
「それは分かってる!でも天井がすぐそこまで来てるんだ!!」
「えー……?うわっ!本当だ!!どうしようマーニー!!」
「どうしようと言われても……あ、ならこれを食べて時間を稼いでくれない⁈あと少しで解けそうなんだ!!」
「これだねー?分かったー!!」
ミゼはマーニーから何かのコピーのもとを受け取ると、それを口へと放り込んだ。
するとミゼに赤いハチマキが装着され、同時にミゼの目つきも鋭くなる。
「ファイターか。頼むよミゼ!」
「任せておいてよー!オラァー!!」
ミゼは右手に力を込め思い切り天井を殴ると、すかさず今度は左手で天井を殴った。
天井は動くのをやめようとはしないけど、動きが悪くなっているのが分かる。
ドゴドゴドゴドゴと衝撃音を響かせながら天井を殴り続け始めるミゼと、必死にパズルを解き続けるマーニー。
ボクが動けない以上、今はこの2人に願うしかない。
「はあ、はあ……そ、そろそろ限界ー」
「できた!!!」
ミゼのギブアップの声とマーニーの「できた」という声が交差した瞬間、下がりかけていた天井が元の高さまで戻ってゆく。
するとパズルのあった壁が崩れ、先へと進む道が現れた。
ボクはゆっくりとだがなんとか立ち上がると、2人の手を取り両者を起こす。
「2人ともお疲れ様。ボクの体力もだいぶ戻ったよ」
「はあー、疲れたー!もう壁は殴りたくないー」
「僕もしばらく頭は使いたくないなー」
2人はぐったりとしながらも、やりきったという顔でお互いにハイタッチを交わす。
なんだろう……この気持ちは。
前のダンジョンの時にも感じたこの気持ち。言葉では上手く表現できないけど、なんだか……
「ラレイヴさん、奥に行こう!どうやらゴールみたいだよ!」
「……」
「どうしたのラレイヴー?まだ疲れてるー?」
「……いや、なんでもないよ」
「なら良かったー!ほら、こっちこっちー!」
ふと前を向けば、ミゼが笑顔で手を振っていた。
そうだ。きっとこの世界の人たちと協力すればダークマターの闇だって晴らせる。あの笑顔がある限り、ボクは戦い続けられる。
だってボクはもうあの頃のボクじゃ……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…」
「……なんデ」
「………ドウして」
「…………もう…ワカラナイ……」
暗い。冷たい。寂しい。辛い。
こんなハズじゃなかった。こんなのはボクじゃナイ。チガウ、ぜったいにチガウ。
「ゴメン…ごめん……うゔ………」
アヤマッタって何も変わらないのに。このケガレタてハなみだなんかじゃ洗えないのに。
目の前にハキズだらけノ2人が…..コウガとグノがピクリとも動かずに倒れてイタ。
「ボクがヤッた……ボクがダークマターだから……ボクが…….」
〝カレラヲコロシタイトオモッタカラ〟
終焉の塔でボクは1人崩れ落ちる。
ここはターンオーバータワー。
ボクの旅に終わりを告げる場所……
つづく。